世界は、とてつもなく長い期間にわたる、数え切れない人々による絶え間ない努力と挫折や犠牲の蓄積の上に成り立っている。それを自覚することなしに、それがどんなに大変な労力を伴って得たものであろうと、自分が経験できる限りの「せまい」範囲で得たデータや直感が、ある日突然普遍性を持ち真理となる、というような錯覚をしてはいけない。また、ほんの短い期間に、ときには無自覚かつ恣意的に積み重ねた情報を「世の中のスピードに対応しなければ」と、その場をしのぐ必要がある場合の対症療法的・緊急避難的措置としてではなく、あたかもそのように急ぐことが真理であるかのように錯覚し、目先のことを優先し、これまでの膨大な積み重ねとそれを続けてきた努力を蔑ろにすることがあってはならない。一見猛スピードで変わっているように見えていることも、それらは多くの人々が何十年何百年と積み重ねてきたことが結実したその瞬間を、毎年毎月毎日たまたま僕らが目にしているだけのことで、単に、昔よりも多くの人がその積み重ねに関われるようになり、且つそれを目にすることができるようになっただけのことなのだ。そうしたことは、僕が愛する音楽や文学にも、そして医学にも政治にも、つまり、いま僕がこうして生きている「生活」全てに言えることだ。   同時に、自分の目の前の小さな、少数なことがらを大切にする。というよりは、そのように身近に「顔がわかる」範囲でなければ、自分の意志を誰かに届け、また誰かの意志を受け止めることができる気がしないし、世界すべての営みをリアルに想像し得る力など誰も持たない。ただ、その小さな世界は、やはり、膨大な人々の積み重ねてきたことによって成り立っている。だからもし、個が公共になんらか貢献しなければならないというのなら、この点においてのみ成り立つ。つまり、自由も平和も愛も、僕たちが一人一人ではその人生において体験することが不可能な、過去から未来へと続く膨大な時間と人々による積み重ねによって成り立っているということを自覚し、それを尊重する、そして、その蓄積を支える無数の小さな営みをすべて尊重するという意味においてのみだ。決して、誰かのためや、何かのシステムのためや、特定の思想のためではない。

とりあえずそのように生きてみようかと思います。新年明けましておめでとうございます。