最近、客を集められないならライブハウスに出ないでくれ、というような記事が話題になっていて、僕もそれに少しばかり思う事があるので書いておく。

現状のライブハウスが抱えている問題やバンド活動のやり方を再考する、という意味では、いろんな議論がある方が良いし、そのきっかけにもなるだろう。僕自身は、ノルマがどうこうという話に関してはかなり以前に通過した話だと思っているので、ここではもう触れない。一番気になったのは、平然と「おまえやめろ」と言ってしまっていることだ。

「おまえ、下手だから、出るなよ」「おまえ、客呼べないなら出るなよ」「おまえ、まだそのランクじゃないから出るなよ」ということを平然と言ってはいけない。誰にも誰かが何かを表現することを奪う事はできないはずだ(ヘイトとかは別)。これは「表現の自由」についての議論という大げさなレベルではなくて、もっと身近なレベルの話だ。誰かが人前で、オープンな場で歌いたい、ギターを鳴らしたい、と思ったときに、その場所の許可を得られているにもかかわらず、他人が「おまえはやめろ」と言ってしまえることに、僕はなんだか嫌なものを感じてしまう。「身の丈であった場所でやれ」という意味はわかるけど、その身の丈は自分で決めてはいけないのか。そして、実際のところ、そう簡単には出れないライブハウスもあればそうでもないライブハウスがあって、結果的にそれぞれの身の丈にあったところを選択している状況はすでにある。発表の場をより多様にしていこうという提案は良いと思うけど、どこで歌いたいかを他人に指図される言われはないだろう。

音楽産業の低迷の理由の一つは「観客動員200人になったから」とか「いろんなとこで話題だから」とかいう、すでに誰でも判断しやすい状況にある人たちばかりを捜すようになって、育成や発掘のノウハウを捨ててしまった事にもあると思う。「すでに人気があるやつ」ばかり集めたら、どんだけ気持ち悪いことになるかは、就職活動の面接で口先だけ上手な、生まれも育ちもわりと良いやつだけ採用していくのにも似ている。そんな会社はいずれ潰れる。あと、たしかセルジオ越後が話していたんだけど「補欠という制度があるのは日本だけ。世界はそれぞれのレベルで試合に出れるのに、日本はその原石となる人たちを補欠という扱いで試合に出さない」とか言うのにも似ている。

なんらかの業界を活性化させるために、「おまえやめろ」というのは、やはり僕はいやなのだ。みんな「業界が良くなれば、その利益は還元される」式の考え方をしがちで、それはひとつの考え方ではあるのだけれど、それでも、誰かが誰かの表現することを奪うことはしてはいけない。本末転倒だと思う。