大型フェスやなんらかのコンテストがあると、多くのアマチュア・ミュージシャンたちがそこで行なわれている投票制のオーディションに参加して「応援してください!!」とSNSで呼びかける。それが仲の良いバンドマンなんかだと「一票入れてやろうか」という気もするが、それほどでもない関係の人だと、スルーしたり、「うざい」と感じたりすることもあると思う。

   そもそも、知らない音楽家たちの中から誰かを選んで投票するということは、そのオーディションの候補者全員の動画なり音源を聴いてから、自分が本当に良いと思った者に票を入れる、というのが筋なのだろうが、候補者が多い1次や2次予選の段階なんかだと、なかなかそういうわけにもいかず、結局知ってる人に入れるか、めんどくさくてやめるか、という選択になりがちだったりする。

そうすると、良くも悪くもすでに集客のある実力者や、社交的な能力の高いひとが評価されやすくなる、ということで、隠れた良質な音楽家がいても、その質の高さだけでは消えてしまうという危険性もある。それを克服するには、音楽ファンはせめて2次、3次予選位からは、全部聴いてから投票するようにしなければならないのだろう。ミュージシャンも自分のときだけ「応援してください」じゃなくて、他人が参加している投票型オーディションも、ちゃんと聴いて、考えて投票すると良いのだろう。すると結果的に「埋もれていた才能」が発掘される場が増えていくかもしれない。結局、こういうことは回り回って自分に返ってくるのだ。

   とはいえそれがめんどくさいのもわかる。

しかし、もういいかげんそう言ってばかりもいられない。目先の成功を得る手段を探すことや、現状に対する不満だけを募らせて、「みんな買ってよね」とか「アイドルばっか売れてるけど、あれって組織票でしょ?」みたいな嘆きをこの10年続けている。しかも、そう嘆くミュージシャン本人がCD(じゃなくても良いけど、お金を出して何か)をあまり買っていないというのに、他人には「買って」と言うのだから、そりゃ無理ってもんだよ、という面もある。じゃあ、別のやり方を考えるか、買ってもらう方法を考えて動かなきゃいけないのだが、「音楽を救うためにもみんな買ってね!(自分は買わないけどね)」というところで止まってるだけだとすると、「この戦争には大義がある。ワシやワシの子どもは行かないけどね」と言ってるのと大差ない。できる範囲でかまわないから、ちゃんと考えて、行動し、発言しなければ、良心的であっても少数派や弱者は多数派と強者に飲込まれてしまう。

少数派の意見が、多数派にどんどん飲込まれていく現象を、「バンドワゴン効果」「沈黙の螺旋」とか言う。簡単に言うと、多くの人は「あっちが有利だ、勝ちそうだ、多数派らしい」という「だけ」でそちらを選ぶ傾向がある、ということだ。もしそれが進行しすぎると、そもそも少数派であるアーティストの居場所はなくなってしまう。もしくは多数派に許可される場合だけ居場所が保証される、ということになる。少なくとも僕は、そういうのは好きじゃない。それが嫌ならば、ちょっとだけでも良いから、自分が行動し意思表示することだと思う。

「沈黙の螺旋」を克服するには「悪魔の代弁者」が必要だ。これは多数派に対してあえて批判や反論をする人を意味する言葉だが、アーティストはもともと、社会に対して必要な「悪魔の代弁者」でもあるし、それは芸術の役割のひとつでもある。この社会に対してなんらかの異議や賛意があるのなら、アーティストほど投票しよう。それ自体が芸術的行為なのだから。