フランスにはかつて「ル・シャプリエ法」という法が存在していた時期がある。

フランス革命中の1791年、国民議会で可決されたこの法は、簡単に言うと「労働者の団結を禁止する法」である。こう聴くと「フランス=自由」というイメージや、なんとなく「労働者の権利が守られていそう」というようなイメージを持っている人には意外に思われるかもしれない。

この法の正式名称は「同一の身分、職業の労働者および職人の集合に関する法」と言い、「同一の職業の市民が共通の利益のために集合すること」を禁じている。この法が作られた背景には、中間的利益を守る中間団体を否定するという考えや、労働者が団結することによって生じる争乱への危機意識と秩序維持の意向があるのだが、「各個人の個別的利益、および全体的利益だけの存在を認める」という発想に基づくところが大きい。この思想によって、国家と個人の間に集団的利益は存在できなくなり、個人は結果的にそれぞれが孤立することになる。そして「各労働者の日給を定めるのは、個人と個人の自由な契約である」とされるのだが、個々では弱い力しか持たない労働者側が一方的に不利になってしまうのである。フランス革命は、人々を解放し、それぞれが自由で独立した存在であるとしたが、前後して起った産業革命によって生まれた労働者たちは、「個人の自由」と引き換えに「社会の保護」を失い、不安定な雇用状況や劣悪な労働環境で働くことを余儀なくされることになる。ちなみにこの法は、その後、集会の首謀者、または集会を強要した者には罰金や公民権停止、あるいは禁錮刑を科し、脅迫や暴力を伴う場合は公安を乱すものとして処罰すること、などが定められることになり、93年間(1884年まで)続くことになる。

こういう「個人の自由」と「自己責任」のややこしいフランスの過去を思いながら、最近のカトリーヌ・ドヌーブの関わった声明を読むと、同じような「個人の自由の落とし穴」に落ちているのではないか、という気がする。それぞれの事情や社会的状況を配慮しない個人主義と自己責任論は、むしろ個人を抑圧し、一部の強者や多数派のみを優遇することもあるのだ。ピューリタンがどうこうとアメリカの歴史に紐づいて毒づくのも良いが、フランスにもこういう歴史があるよね、という突っ込みもしたくなる。まあ、フランスには「パンがなければケーキを食べれば良いじゃない」という迷言があるけれど、そんな感じも受けるところも含めてフランスらしい声明なのかもしれない、と少しフランス人ぽく?言ってみる。