「神判」という、神仏に罪の有無や正邪を問う裁判形式が世界中広く存在していたのだが、特に日本はそれが長い期間残っていたという文化的特徴がある。法律の概念が最も進んでいた中国では紀元前にはほぼなくなり、ヨーロッパでもキリスト教・教会という権力が絶対になるにしたがい1200年代には消えていくのだが、日本においては1600年代を過ぎても存在し続ける。

日本では、熱湯に手を突っ込み火傷したらクロ、しなければシロという「湯起請」、時代が進むとエスカレートして、赤く焼けた鉄片を握って同様の判定を行う「鉄火起請」という神判が行われていた。

今から考えると「なんてメチャクチャな」と思うところなのだが、その背景にはそれなりの合理性があり、単なる非科学的な裁判というわけではない。しかもそれは現代に通じるところもあるように思えるのである。

面白いことに、それらの神判を行った結果は、なんと五分五分なのだ。普通に考えて、熱湯に手を突っ込んだり、焼けた鉄を握ったりすれば火傷しないはずがない。にもかかわらず結果が五分五分ということは、そこにはなんらかの作為があるということになる。

「作為がある」ということは重要で、即ち、信心深さからのみ行われたわけではないということである。信仰心に則って行うのであれば、そこに不正や作為は許されないはずである。

そしてこれらが、主に権力者の力が弱い時代、もしくは社会/共同体が不安定なときに頻繁に行われているところもポイントだ。

神判は、真実を見つけるためというよりは、共同体で「意見が割れているとき」「犯人がほぼ特定されているが証拠がない」あるいは「いろんな事情でその人が犯人だと困る」「なんでも良いから犯人を見つけたい」逆に「犯人はここにはいないと宣言したい」など、「共同体の安定」を最優先にはかるために行われる。社会が不安定で基盤の弱い権力者は、神の判断という後ろ盾を得て、政治を断行するために神判を行う。場合によってはこれが恐怖政治にまで繋がった時代もある。いずれにせよ、ある程度、望まれる落としどころがあって行われることも多かったに違いない。

「神」は「なんとなく皆が反論・否定しにくい強力な何か」と言ってもいいかもしれない。そして、現代の日本において、「神」のかわりに、例えば「経済」とか「日本人」とか「民意」とか「隣国の脅威」とかに置き換えてみる。それを皆が信じているかどうかは別で、「なんとなく否定しづらい強大な存在」である。

不安定な状況下で権力者は、「私が」ではなく、「大きな主語」を使って、市民を納得させる。不安定な社会状況下の共同体は「とりあえずなんでも良いから落ち着かせて」となる。そして、湯に手を突っ込んだりするような派手なパフォーマンスを演出して、とりあえずのシロ/クロをつけて儀式は完了する。

そんなふうに想像してみると、日本は「湯起請」「鉄火起請」の時代から変わってないのかもしれない。

参考文献『日本神判史』(清水克行著・中公新書)