ざっくり考えたことのメモです。

テレビが、特に録画が容易になって以降は、無料もしくは定額で見放題なメディアであるという面もあるとすると、その点ではストリーミングと共通している。

そのメディアの中で、アニメは沢山の作品がコンスタントに発表され(日本動画協会のデータによると、1963年には年間7タイトルだったものが、2000年には109タイトル、今では440タイトル制作され、この10年でみても、多少の増減はあるがかなりの本数がほぼ右肩上がりに制作されている)、この10数年、つまり、今の10代以下の人たちは、アニメとアニソンに関しては幼いころから「ストリーミング的に」浴び続けてきたのだ。しかも「アニメ」というカテゴリはあたかもストリーミングにおける「プレイリスト」のような役割も果たしていて、「アニメ(アニソン)というカテゴリを視聴する」ということの習慣化に成功している。

なおかつ音楽に関して言えば、90秒以内でつかむインパクト・情報量・スピード感をもともと持っていたことは、ストリーミングおよびSNSの環境になれた現代の視聴者にマッチしていたとも言えるだろう。

アニメの売り上げは基本的には右肩上がりである。ただ、その増加をもたらしているのは海外の伸びで、海外での売り上げは2010年に2867億円だったものが、2017年では9948億円になっている(日本動画協会)。

ただし、アニメに関する音楽の売り上げは2002年の138億円から徐々に増えてきたが、2006年以降ほぼ横ばいで、2017年では261億円である。製作されるタイトル数が増加しているのに売り上げが横ばいということは、作品ごとの売り上げは減っているということで、その点ではアニメとはいえ、アニソンにも他のジャンルの音楽同様の問題が起きているとも言えるのかもしれない。総合的に観て、それが偶然であれ、アニソンは売れるべくして売れたのかもしれないが、一方で「音楽産業」というより、「音楽を作る人」が超えなければならない壁も共通しているということだ。(薄利多売モデルで産業は成り立つかとしれないが、製作者は疲弊する。)

ただ、個人的に忘れてはならないと思うのは、あえて言うなら、アニソンはもともと「少数派」あるいは「そこにしか居場所がなかった」「やれることをやっていた」人がやっていた音楽という面もあったという点だ。そして、その音楽性はバラバラで、その辺りはラモーンズ、テレビジョン、パティ・スミス、トーキングヘッズ、ブロンディらがたまたまCBGBに出ててニューヨーク・パンクと括られたのや、ニューウェーブ・ムーブメントにも似ている。古今東西、そうした少数派が音楽のシーンをひっくり返してきた歴史があるけれど、音楽的・あるいは思想的になんらかの共通した特徴がないオルタナティブなムーブメントは、金になるから、と、その雰囲気を再生産するだけの様式美と大量生産に堕するといっきに力を失ってしまう。今後アニソンがどうなるかはその辺りもカギになるのかもしれないとも思う。うちの娘(小2)は、アニメはたくさん見るけれど、テーマ曲を飛ばしてしまうものも少なくない。ちなみにルパン3世のテーマ曲は滅多に飛ばさない。