この度『なぜアーティストは壊れやすいのか?』を上梓致します。
アーティストたちのエピソードを除けば、心理学やメンタルヘルス・ケアになんらか関わっている人にとっては、基礎的なことばかりかもしれません。しかし、「すでに知っている人にとってはあたりまえのこと」は必ずしも多くの人にとってあたりまえのことではありません。どんな領域でも、当事者や専門家はどんどん詳しくなっていきます。でも、そうでない人にはいつまでたっても届かない、というようなことになりがちです。実際には当事者以外の社会の理解こそが必要であるにもかかわらず、です。昨今よく言われる「社会の分断」ということの一因でもあると思います。
そういった、異なる領域や文化の境界線を、マージナルマンとして超えることができるのも、アーティストの力のひとつだと思います。アーティストという存在によって、相互に知らないことを知ってもらえるきっかけをつくることができるかもしれません。実際、3年前に『なぜアーティストは生きづらいのか』が世に出た時には、まさにそういうことが起きました。今回の『なぜアーティストは壊れやすいのか?』でも、同じようなことが起きることを期待しています。アーティストや音楽というキーワードから、メンタルのことや人それぞれに備わっている様々な特性についての理解が広まれば、と思います。
また、アーティストや、その周囲のスタッフに対して、海外ではすでにこのような動きも始まっています。
《心が壊れそうな音楽業界に新動向。ミュージシャン専門〈24時間電話窓口〉開通。メンタルヘルス費用を支給するレーベルも》
日本でも、こうした取り組みが必要だと思います。この本がそのための一歩になれれば幸いです。
さて、話はがらりと変わります。
僕は、今回「けっこう売れて欲しいな」と思っています。もちろん、なんでも売れるにこしたことはないし、多くの人に読まれることでこうしたテーマへの理解が広まれば良いなという思いがあるからなのですが、それとはまた違う理由もあるのです。
それは、この書籍が「SW(Story Writer)」という、立ち上がったばかりの新興・独立系の出版社から出るからです。
SWを立ち上げた西澤裕郎さんとはじめて出会ったのはいつで、どんな感じだったのか、正確なところが思い出せないのですが、多分7年くらいは遡るのだと思います。当時、OTOTOYさんと共同企画を開催することが度々あって、その関係でお会いしたのが最初だったと思います。
自分で言うのもなんですが、僕は、良い意味でちょっと変わった人とか、今は無名だけど、将来なにか成し遂げるかもしれない、という人には敏感なのです。西澤さんもそのひとりで、僕よりも一回りは若いこの人の、穏やかな物腰から滲み出る変人力(良い意味ですよ!)を感じていました。2017年、その西澤さんが独立するというニュースを知った僕はすぐに連絡をとって、印藤勢さんとの連載『中央線人間交差点』をやらせてもらいました。
出版不況やWEBメディアの苦戦があちこちで言われる中、自分がやりたいこと、やるべきことを信じて立ち上がった西澤さんは、MOROHAの18禁楽譜『GRAYZONE』やBiShを撮り続けた外林健太さんによる写真集『IDOL』などの、賭けのような企画を乗り越えてきました。そして、今回の『アーティストはなぜ壊れやすいのか?』になります。西澤さんの決意と行動は、絶対に意義も価値もあります。しかし、出版物が売れないと言われるこのご時世に、やはりリスクもあります。というか、よりによってリスクだらけの領域に踏み出したとも言えるかもしれません。だからこそ、売れて欲しいと僕は思うのです。
この本を作るにあたって、西澤さんだけでなく、SWからは蝦名康平さんや横澤魁人さんという、さらにもうひとまわり若い、これまた将来面白いことになるだろうなと感じさせる方々の協力をいただきました。世間的にはまだ小さい種から芽が出たばかりかもしれません。しかし、僕はこの若い芽に大きく育って欲しいのです。そしてまた、若い人がこの本を出したいと思ってくれたことがとても嬉しいのです。そんなことはほとんどの人には関係ないことですし、本の良し悪しや、購入する、しないの意思決定にも本来関係ないことなのはわかっているのですが、このチャレンジを多くの人に応援していただけると幸いです。
あと、文中の西澤さんに関する記事はこちら。