最近は台風やオリンピック、学校の教師による犯罪、そして政治などでも気がめいるような話が多い。自分自身、それらに対して憤りを覚えるし、意見のひとつも言いたくなる。ただ、ふと「自分が当事者だったとしたら、それは違うと言えただろうか?」と思った。

頭では「それはひどい、おかしい」と思っても、それをきちんと主張できただろうか? 大量の異論反論や圧力を受けたとしても、自分の意見に自信を持って、毅然とした態度でいられるだろうか。

正直に言えばその自信はない。自分で言うのもなんだが、僕は相手がどうあれ比較的言いたいことは言う方だし、それによって後ろから撃たれるなんてこともわりとある方なんだが、それでもやはり自信はない。だから、何かの事態が発生したときに、意見や分析を積極的にSNSを含めて発信をすること大事なんだけど、当事者や責任者が、それを言える環境やコンセンサス、システムというもの作っていかないといけないんだろうとも思う。どんな状況でも筋を通せるようなリーダーを選ぶということも大切だけれど、一部の特殊な能力を持った人にだけ頼る仕組みは危険でもある。皆がブラック・ジャックやドクターXではない。凡人がまっとうな判断ができて発信できる仕組みを作るのも大事だと思う。

最近『なぜアーティストは壊れやすいのか?』という本を出したのだけど、その中で「あなたの意思は本当に自分で決定したものなのか?」という章がある。そこでは、さまざまな条件で人の意思決定が歪んでいくということを取り上げたのだが、そこで取り上げていないものをここで自分のメモ代わりに書いておこうと思う。

【確証バイアス】

長年の経験による「勘」などから、ある結論を導き、それに合う証拠ばかりを集めてしまう。

【正常性バイアス】

災害などのときに起きがちで、突発的な危険に遭遇した時に、ある程度までは正常な範囲だと安心しようとする傾向。

【合意推測バイアス】

自分の行動や意見は、一般的で妥当だと思い込む傾向。職場や学校で、自分の周囲に似た感覚の人が多く、また、そうあってほしいという期待が働くことによって生じる。実際は一般的ではないことも多々ある。

【紋切り型バイアス】

ステレオタイプに判断すること。「男は・・・」「女は・・・」など。

【同調バイアス】

とりあえず周りに合わせて判断し、安心する傾向

【社会的手抜き】

個人の貢献度がわかりにくい作業を大勢でやる時に、責任意識が分散することで手抜きしてしまう

【リスキーシフト、コーシャスシフト】

議論の場で、自分に似た意見が出ると確信が強まり、より強く主張したり、より極端な意見を言いたくなる傾向。結果として、メンバー個々人が思っているよりも極端に危険度の高い結論になったり(リスキーシフト)、反対に極端に慎重なものになる(コーシャスシフト)

とくに、専制的なリーダのもとで、メンバーの結びつきが緊密で、かつ強いライバル集団がいる場合には反対意見が言いにくく、現実的ではない危険な決定をしてしまうことがある(集団的浅慮)

【役割バイアス】

権力者の指示が、個人の価値観や倫理観に反していても、逆らうことのデメリットを考えて「指示に従っただけ」と責任回避してしまう傾向。