5月12日に吉祥寺DAYDREAMで3回目となる「ミュージシャンとアーティストのためのメンタルヘルス入門」を行ってきた。トークの中では最近自殺に関することが立て続けに起きたので、そのことについて触れたのだが、そこで僕は、次のようなことを言った。
「自殺という行為自体が正しいのか間違っているのか僕にはわかりません。ただそのようなことを考えたり実行したりするのは、少なくともその人が幸せな状態にはないだろうとは思います」
これは、精神科医の松本俊彦氏の言葉の受け売りなのだが、このことに限らず僕は、メンタルヘルスに関することやカウンセリングにおいて、個に対しては「道徳観」を重視しないようにしている。もっと言えば、それは考えないようにしている。カウンセラーは元々そういうふうな「準拠枠」という自分の持っている価値観の枠から離れることを前提にしているし、そもそも道徳が以下のような特性を持っているからでもある。
保育士のテキストにある道徳的発達に関する記述から引用してみる
■第二段階・・・社会的にさまざまな経験を重ねてくる8歳過ぎ頃には「道徳は絶対的なものではなく、その時々の情勢に従って変わるもの」であることを理解できる。これを道徳の相対化という。
■第三段階・・・「道徳は適用される相手に寄っても変わる」ということを理解するようになるのは10歳を過ぎた頃である。たとえば相手が自分よりも小さかったり弱かったりする場合には手加減しなければならないとおもうようになる。この段階を道徳の適応化という。
つまり道徳とは絶対的なものでなく、相対的なものである。それは8歳児でも理解していることなのだ。ここが意外と見過ごされてしまいがちなところで、道徳の持つこの特性を考慮しないで道徳的価値観から何かを判断したり、意見を述べたりすることには結構な危険が伴う。大事なことは、本来相対的であるにもかかわらず絶対的であると勘違いしがちな道徳観ではなく、単に心身の健康や人権に関する正しい知識と合理的な配慮、だったりするのだ。