『The EFFECTOR BOOK Presents 「音の正体」』(布施雄一郎著・シンコーミュージック)。2011年から季刊「The EFFECTOR BOOK」で連載されていた「音の正体」をもとに大幅に加筆・修正され、2022年に沿った内容にまとめ直されて、つい最近出版された書籍です。
この本の著者の布瀬雄一郎さんは、学生時代に楽器音響学/音響工学/音響心理学などを学ばれ、その後シンセサイザー開発業務を経てライターになられた方で、学術的な音響学と、ミュージシャン・音楽業界、そしてリスナーをリンクさせることのできる稀有な存在でもあります。本書の帯にも書かれていますが、まさに「プレイヤー&リスナーのどちらも知っておくべき音響の基礎知識 音楽ともっと深く繋がれるようになりたい人の参考書」と言える内容です。「音響学」と聞くとなんだか難しそうに感じてしまうかもしれませんが、特別な知識(特にいわゆる理系的な知識)がそれほどなくてもわかるように書かれています。
実際僕は、この本から得られた知見を以て新たに音楽を聴き直した時に、それまでとはまた違う感覚を得られました。聴覚を中心として、自分の脳や感覚器官を機能拡張してくれるようで、今自分が聴いている音楽、あるいはコンサートなどで体感しながら聴いている音楽から受ける感動を、より深く広くしてくれました。
そしてもうひとつ僕が本書に感じた特徴があります。それは音響学という科学的な裏付けとともに、「人間」という存在をとても丁寧に扱っていることです。音の正体を探るということは、同時に人間の正体を探ることにもつながっていきます。この本は、著者が突発性難聴を患ったエピソードから始まります。音響のことを扱う書籍では、そのこと自体が異例の始まり方かもしれませんが、難聴をきっかけにして、違う世界と人間の在り方が見えてきます。そして、人によって聴こえ方が違うのはなぜか、人にはどう音は聴こえているのかという問題意識は、発達障害や聴覚過敏のある人の存在にまで繋がっていきます。そうしたことだけでなく他にも、学術的な音響の世界の面白さと人間の聴覚の奥深さと不思議さ、それらを入り口に人間そのものと人間社会・文化についても考えるきっかけを与えてくれるのです。音楽に感動した経験のある人には一度ぜひ読んでみてほしい「やさしい学術書」です。

出版社HP シンコーミュージック
https://www.shinko-music.co.jp/item/pid0651782/