2014年7月24日に専門学校ミューズ音楽院で、「名盤『Wired』レコーディング・エンジニアJohn Arriasが贈るサマーナイトトークライブ」という公開講座を開催したことがあります。ジェフ・ベックの訃報を聞き、この講座のことを思い出しました。その時の講座内容のメモです。ジェフ・ベックとのエピソードは9ブロック目からにあります。

なぜみなさんは音楽を仕事にしたいと思ったのでしょうか?それを(お配りした)紙に書いてみてください。家族や友人から「医者や弁護士のほうが儲かるぞ、そういう職業を目指した方がいいじゃないか」なんて言われたことがあるんじゃないでしょうか。

私と多くのミュージシャン、そして皆さんと、共通することがひとつあります。それは「情熱」です。音楽に対する情熱です。(プロジェクターの画面を指差し)ここにも音楽に対する情熱を持ったひとがいました。ボブ・マーリーです。彼はとても強い情熱を持っていました。彼はさんざん、家族らから音楽なんてやめておけよと言われ続けていました。私は彼とは直接の関わりはなかったけど、影響をうけるところが多くありました。それは、彼の音や言葉から情熱を感じたからです。音楽から情熱を感じ取ってください。

私の父は賢い男でした。「おまえが暇なときにやっていて楽しいことを仕事にしなさい」と私に言ったのです。でも、私は稼がなきゃいけないと思い、それで大学で建築の勉強をはじめました。

ある日私は友達に誘われて、あるロックバンドのライブを観に行きました。私はそのバンドをすっかり気に入ってしまい、本当に毎日毎日ライブを観に行くようになりました。そして、メンバーから「なんで毎日毎日くるんだ?今何をしてるんだ?建築を勉強している?なんだよ、じゃあ俺たちのローディやれよ」と言われました。私は自分の直感と父の言葉を信じて大学をやめ、そのまま4年ローディをやりました。

そんなローディ生活のある日のことです。バンドが演奏しているのに誰も踊っていませんでした。私はミキシングなんてやったことなかったけど試しにドラムの音量を大きくしてみたんです。すると、みんな踊り出したんです。「これだ!私のやりたいのはこれだ!」

それから、ハリウッドで求人を見つけた私はそれに応募してみました。求人主はデビット・ハッセンジャー。ローリング・ストーンズの『サティスファクション』をはじめとしてかなり有名なエンジニアでした。

スタジオに行ってみると「とにかく座って聴いていろ、何もするな、みていろ」と言われ、わたしはそのようにしてアシスタントをやれることになりました。そして2年間くらい経つと、ひとりでやるようになります。

そして、私ははじめてゴールドディスクを手がけることになります。それはディスコミュージックでした。ディスコをはじめてきいてなんだこりゃ?ばかばかしい。やってらんない。絶対売れない。ところが馬鹿売れでした。私は「どんなドアが開いているかわからない」ということを学びました。次に何が起こるかわからない。だから自分の固定観念を離れなければならない。自分の可能性を自分で閉じてはいけない。そう思いました。

ジョージ・マーティンが「ギターを録音するけど手が空いてるか」というので「もちろんですよ!」と答えるとやってきたのはジェフ・ベックでした。

私は、彼がどういうふうにプレイしているかなめるようにみました。リズムセクションをとったあと、彼は皆を帰し、アンプにマイクが立つとスタジオの中ではなくて、コントロールルームのなかでギターを弾きました。ジョージはなにも言いませんでした。彼の哲学として、アーティストがやりたいようにさせる、どのようにアーティストに呼吸をさせるかを、私はジョージ・マーティンから学びました。

ミュージシャンは、みんな準備してスタジオにくる。そんな人にエンジニアがなにを言えるだろうか?

ジェフ・ベックの音は、まったくのノーEQで、なんにもしていません。
すごい音が出てきたんです。
「すごいね、どうやって録音したんだ?」と言われるけど、私はなにもしていないんです。

ボブ・シーガーのレコーディングのときです。いろいろとこちらが準備中彼らが演奏をはじめていて、それを「録音したか?」と言うから「いや」というと「なんで録音してないんだ」と言われ、慌てててとりました。そしたら、次にはもうそのテイクに音をかぶせはじめました。それでおしまいです。

そしてミックスをはじめたら、今度は急にまた被せる音を思いついたと言い出してミックスは取りやめですぐに録音です。私は、そのときの事態に直感で対応できる力の必要性を学びました。

そして、ミックスのとき、神々しいくらいディレイがうまくかかっていると思った時に「そのディレイとれ」と彼は言いました。とってみたらもっと良かったのです。アーティストをエンジニアはいかに信じるかだ、ルールなんてないのだ、とも学びました。

バーブラ・ストライサンドの録音のときのことです。

彼女はひとつひとつの言葉、単語すべてに意味を与える歌い方をします。たとえば「to you」というときの「to」だけにもどうすれば自分の「情熱」が一番込められて、相手に届くか、ニュアンスをかえて歌ってみるのです。

彼女の1回目のテイクで、オーケストラの人間は演奏しながら感動で涙を流しました。しかし、それでも彼女はやりなおします。全テイク素晴らしくて、やるたびに皆涙するほどでした。けれど彼女は自分の歌を信じていなかったので、あらさがしをしてしまうのです。

20テイクくらいやる中で「テイク1を一回聞いてみよう」というのが私のしごとでした。
彼女ほどの存在だと、周囲はイエスマンばかりでした。そんな中で「ジョンどう思う?」と意見をもとめてくれました。「みんな帰れ!ジョンは残って!」と。

なぜ私が選ばれたか。「自分はこう思う」と、彼女の歌を心で聴いてテクニックのジャッジではなく感情の表現ができているのかどうかで判断していたことが信頼を得たのかもしれません。

エチケットとして、ミュージシャンは自分になにを期待しているかを把握することがあり、また準備が常にできている状態であることがあります。

マイルス・デイビスはあるサックスプレーヤーがきたときに、彼が「何をやったらいんです?」と訊ねると「頭の中の音を出せばそれで良い」と言いました。これは「準備できていないなら帰れ」という意味でした。

ミュージシャンもエンジニアもお互いに準備ができているという相互の信頼関係が大切です。

エンジニアはカメラマンと同じです。決断は早くなければ素晴らしい瞬間を逃してしまう。その瞬間の情熱を逃がしてはいけないのです。そのためには準備が重要なのです。

そしてその曲の情熱がその音に込められているかどうかを感じて下さい。エンジニアは、聴き手に感情を届ける手助けをしているのです.

(質問)
アナログからデジタルに移行して音についてどう思いますか?

私は、エンジニアはテクノロジーが進化・変化することに対してはどうしようもないと思っています。ただ、良いものに変えて行くことはできるでしょう。実際、デジタルの最初のころはひどいものでしたが、私も開発に関わってきましたが、それでもよくなってきました。私は自分の耳を信じていますから、自分が録音するのにはニーヴを使い、マイクはーーーーーを使ったりします。
でも最初に話したデビッド・ハッセンジャーはごく小さなスピーカー一個、モノラルで可能な限り小さな音で聴くのを最後にやっていました。それでも深みのある音、それがミックスです。カーラジオでもやりました。テクノロジーがなんであれ、その音に「情熱」が込められているかどうかなのです。