「音楽の民主化」と言われることがあります。ここで言う「民主化」は「皆が制作者としても聴衆としても参加できる、皆がヒット曲を決めることができる」などの意味で使われることが多いようです。
ポピュラー・ミュージックにおいては、1920年代に旋盤型録音機(持ち運びのできる録音機器)が発明され、それによってレコード会社は田舎も含めた全米のミュージシャンを発掘し、その場で録音し、それが多くの人とそれらが共有されるようになりました。そこにはゴスペル、デルタ・ブルース、ブルーグラスなども含まれ、現代のポピュラー・ミュージックの礎となっていきましたが、この旋盤型録音機によって音楽制作と配信が「民主化」された第一歩となりました。(1)
その後も様々な技術革新が起きます。カセットテープと録音とダビングが可能な録音機器や、MTRの登場、ヒップホップやDJカルチャー、DTM、DAW、インターネット、SNS、ストリーミングなどが登場する度に、「民主化」が進んだと言われてきました。(2)
そして、今年は特にUGC(User-generated-content:ユーザー生成コンテンツ)について言及されることが増えました。TikTokやYoutubeなど、各種SNSを通じて、音楽の支持拡大がユーザーの手に委ねられて「完全に民主化した」という声も聞かれます。(3)
ここで「民主化」という言葉について『民主的な国づくりへの支援に向けて〜ガバナンス強化を中心に』(国際協力事業団・)国際協力総合研修所2003)を参照してみます。
「民主化」とは「民主主義化」つまり他の政治制度(独裁体制・権威主義体制などから)「民主主義に到達するプロセス」ですが、そのためには、
1民主的な制度
2民主化を機能させるシステム
3民主化を支える社会・経済基盤
が必要になります。この中の2については、さらに
①国家権力バランスの改善
②政府の意識・能力の向上
③社会集団の公平な利害調整メカニズム
④市民のエンパワメント
の4つが必要とされます。①〜③が主に政府やシステムの問題であるのに対し④は市民の課題です。これには市民自身の意識や能力の向上、積極的な政治参加と政府行政に対するチェック機能、市民同士の尊重し合う姿勢、そうしたことを育むための教育、が必要となります。
大切なことは、制度やシステム、社会基盤が揃うことだけでは民主化はなし得ない、ということです。市民自身の向上とそのための教育が不可欠なのです。この「市民」を「聴き手」に置き換えても同じことが言えるでしょう。
TikTok For Businessオフィシャルユーザー白書によれば「回答から回遊へ 興味で突破する時代へ」とあります。簡単に説明すると、これまでは「検索」により「回答」を求めていたけれど、それではどうしても新しい出会いは減ってしまう、しかし「目的を持たず」「回遊」するように情報と接触すると、思わぬ発見に出会えるというメリットがある、そしてそうやって興味を持てば購買意欲にもつながる、というものです。
確かにそうした面はあると思います。偶然の出会いがなければエコーチェンバーと言われるような偏った関心の中に閉じ込められてしまうこともあります。そうしたことから離脱できる可能性は「回遊」にはあるかもしれません。
しかし、ひとつの問題を感じます。
何らかの作品の評価は、それまでの歴史や社会背景と無縁ではありません。芸術の評価は「感覚のみで行えば良い」、という意見もあります。もちろん感覚的なことは大切ですが、その感覚も、これまでの芸術作品が生み出されてきた歴史や、時代や社会に影響を受けていて、その作品が今このタイミングで現れることの意義やそこで生じる驚きは、感覚だけで生まれているわけではありません。何をもってその作品を評価するか、というときに、その作品が内包するこれまでに生み出された作品の歴史との関係や、時代・社会的背景の意味性を考えることなしに、感覚だけで評価することはできません。その意味で、無目的に回遊して出会い、興味を持ったとして、その意味を考えることがなくては、その作品はただ何らかの感覚に刺激を与える「刺激物」として消費されて終わるだけになってしまいます。それは芸術作品になることはありません。素晴らしい作品が芸術として評価されるためには、「民主化のためのシステム」だけではダメなのです。そこには「市民=聴き手」のエンパワメントが必要なのです。
また、そうしたある意味でのチェック機能がなければ、「回遊」もおそらくマーケティング的にコントロールされて、民主化とは程遠い、無意識の独裁主義・権威主義体制に陥るでしょう。それを避けるためには、プロ・アマ問わず「批評家」「ライター」さんたちの力が重要になってくると思います。以前に比べても、インターネット上には若くて優れた批評家達が現れてきている印象があります。そうした人たちの力がより一層健全な形で大きくなっていき、「市民=聴き手」をエンパワメントしていくことを2021年は期待したいと思っています。
【参照】
(1)「1920年代に『音楽の民主化』を果たした、あるテクノロジーの物語」(WIRED 2017.06.17 CHARLEY LOCKE 翻訳MIHO AMANO/GALILEO)
(2)「メイド・イン・ジャパンは誰をエンパワーしたのか? 日本の楽器メーカーがもっと誇るべき話」(Rolling Stone Japan 2020.06.27 Kei Wakabayashi)
(3)「2020年の音楽ストリーミングで一番大きな出来事とは」(note 2020.12.28 松島功)