先日「はたして音楽は民主化されたのか?」という疑問を提示しました。
まず「民主化」は制度やシステムを構築するだけでは成り立たず、市民の向上とそのための教育が必要であり、<市民=リスナー>と置き換えた時、そうしたある種民主主義教育的なことがなければならない、という問題があります。そこは現状ではまだまだ足りていないでしょう。
また、特にポピュラー・ミュージックは消費者である聴衆の意向を反映した情動を「感情労働」として音楽を通して反映させます。その消費者の意向がダイレクトに反映されるようになったことを指して「民主化」と言う場合が多く見受けられるのですが、問題はその消費者の情動も資本主義によって管理されているとするならば、それは本当に民主化と言えるのか?という疑問が生じます。今回はここについて考えてみます。
アテンション・エコノミー
1997年にマイケル・ゴールドペーパーが提示した「アテンション・エコノミー」という言葉があります。世界経済が「物質ベースの経済」から「人間の注意・関心に基づく経済」へと移行しているという見方です。
ごく簡単に言えば、膨大な情報の中で注意を向けてもらうことに価値があり、それ自体が資源であり、通貨になり得るということです。さらに言うならば、できるだけ合理的・効率的に他の何にも増して注目されることが目的で、それによって利益を得る経済です。博報堂のメディア環境研究所の「メディア定点調査2019」によると、メディア総接触時間は初の400分台、過去最高の411.6分となっており、人間が受容できる情報量の飽和傾向は更に増していると言えるでしょう。そうした中でアテンション・エコノミーはますます重要視されるようになっています。そして「計算されたアテンション・エコノミー」は「バイラル・マーケティング」と同様の機能を果たします。
アテンション・エコノミーには強い副作用もあります。意図的に特定の方向に誘導されることは時に危険を伴いますし、アテンションを引くためのフェイクニュース、フィルターバブル、ネット工作の横行もあります。それは通常の生活や経済のみならず政治の世界においても同様です。これをある意味とても効果的に行ったのがトランプ元大統領と言えます。
また、現状のストリーミング・サービスは「すでに話題になっているもの」をさらにブーストする傾向があります。リスナーのアテンションが「すでに話題になっているもの」に向かいがちであリ、実際、例えば世界のSpotifyのプレイリストで聴かれているのは圧倒的にTODAY’S TOP HITSとGLOBAL HIT 50です(*1)。これには良い面もあるのでしょうが、「民意の偏り」も生じさせていることも事実です。
民主主義における多数決は、公共の課題に対する決断の手段の一つですが、それによって少数派の権利と自由を奪ってはならず、少数派が自分の権利と独自性が擁護されていると確信する必要があります。それが達成されれば少数派も民主主義に参加し貢献することができますし、そこが必要なことなのです。「音楽の民主化」と言うときに、単なる多数決至上主義や、ポピュリズムに陥らず、そうした点が考えられているか?ということが重要になってきます。
監視資本主義
もう一つ、ハーバード・ビジネススクールの教授であるショシャナ・ズボフが提唱した「監視資本主義」という言葉があります。監視資本主義社会では、データ抽出と予測技術の発達により、人間のあらゆる体験は「監視」され、人間の行動は「収益可能な何か」あるいは「特定の行き先や行動に人を誘導する何か」に変換されてしまいます。ズボフは「監視資本主義は、インターネット上でユーザーをつけ回すターゲティング広告よりも大きな概念です」「産業資本主義では自然界の素材が商品に変えられました。監視資本主義が素材として求めるのは、人間自身なのです」と語っています。そして、利便性と引き換えに自ら自由を手放してしまう危険性にも触れています。
独立した批評の重要さ
さて、SNSや各種プラットフォームを媒介とした「音楽の民主化」に関してはどうでしょうか? 気をつけなければ、同様の危険を孕んでいると思います。音楽は「炭鉱のカナリア」のように、社会のなんらかの変化を真っ先に感じ取り、知らせる力があるかもしれませんが、今、次の社会を予見しているのかもしれません。アテンション・エコノミーや監視資本主義の副作用を起こさないための具体策はまだ示されていません。あるのはまず、その危険性に気づくことと、監視資本主義に対して社会として制限をかけ続けることしかありません。こうした「気づき」と「社会への働きかけ」は、「独立した批評的な発信」と、それが「普通の人々」に届くことが必要だと思います。従って、いつもこの結論になるのですが、多くの独立した批評家たちに期待したいと思うのです。
◆参照
Spotify: The Rise of the Contextual Playlist
日常のすべてが監視され、収益化される:『監視資本主義の時代』が警告する世界の危険性
Wired 2019.08.04 TEXT BY SANJANA VARGHESE TRANSLATION BY SHOTARO YAMAMOTO/DNA MEDIA