「子どもは小さな大人ではない」
これはルソーの言葉で、彼は「子どもの発見者」と呼ばれている。
ルソー以前は「子どもは小さな大人」として扱われていて、精神的にも肉体的にも大人と同じだけれど、ただ体が小さいだけの存在であると考えられていた。そのため、大人と同じような仕事もさせるし、大人の思考で子どもの教育を考えていた。
しかし、子どもは小さな大人ではなく、子どもには子ども時代という、それ自体が固有の世界があり、子どもの成長過程に合わせた教育をすべきだ、とルソーは主張したのだ。そしてそれは現代の幼児教育・保育の基礎となっている。(*注 現在ではこの説に疑義が生じています。この記事の続きに2025.5.17追記しましたのでご参照ください。)
ところで最近「大人も楽しめる絵本」が流行っている。絵本に限らず「大人も楽しめる〜」というのはわりといろんなところで目にし耳にする。それはそれで悪いことじゃないんだが、大人も楽しめる、というのはあくまでも「子どもが楽しいものがたまたま大人も楽しめた・あるいは大人にとっても楽しさを見いだせるものだった」ということであってほしいとも思う。どうも「子どもは小さな大人」というような発想で作られているようなものもあるような気がする。そしてそれは一見「子どものために」と言いながら、単に大人の自己満足や大人の価値観の押しつけ、あるいは子どもと大人をひっくるめて消費の対象としか考えていない場合もあるようで、少しばかり気持ち悪い。
ちなみに学童期の道徳的発達はだいたい以下の3段階に分かれる。
1 幼児は自分にとって絶対的な存在である親がしてもいいということが善であると考え、親がしてはいけないということが悪だと考える。(7歳くらいまで)
2 道徳は絶対的なものではなく、その時々の情勢によって変わるものであることを理解する。道徳の相対化。(9〜10歳)
3 道徳は適用される相手によって変わることを理解する。たとえば相手が自分よりも小さかったり弱かったりする場合には手加減をしなければならないと思うようになる等。道徳の適応化。(10歳過ぎ)
こういうことを踏まえて考えると、9歳で「道徳は相対的なものだ」とわかるものを、絶対的なものとしてなんらかの道徳を教え込むのは、単なる大人の押しつけであるということが分かる。おそらく、道徳は相対的と理解しながら、大人が喜ぶ方が得することが多いという功利主義的な能力に長けた子どもだけが評価されることになるだろう。嫌な世の中だ。
最近の、おかしな教育論を押し進める大人や政治家たちを見ていると、どうも「子どもは小さな大人ではない」という基本がわかっていないようだ。そしてそれは「大人も楽しめる〜」というのを無条件に喜ぶ「普通のオトナ」にも潜んでいる落とし穴のような気がする。
(*注)このブログの記事を書いてのちに、この「ルソーが『子どもの発見者である」という言説に対する分析とそれに対する疑義があるということを知りました。以下、冨田晃『ルソーと人食い:近代の「虚構」を考える』(共和国,2024)から引用します。
ルソーの「自然に帰れ」言説は、現在、およそ消滅したようだが、高校・倫理の教科書には残っている。ルソーの「子どもの発見」言説は、現在、一線に立つ教育学者たちは既にその誤謬に気づき、使用を避けているようだが、教員採用試験においては、未だ存在している。そして、それは教育という権力装置の中で発生、定着し、そして閉じられている。
ルソーの「子どもの発見」言説の発生と定着の過程をまとめると次のようになる。
一、 「子どもの発見」という言葉は、大正期の新教育運動のスローガンとして生まれた。
一、 1932年に梅野悟が日本で最初にルソーを近代教育思想の創始者として記した。
一、 1935年に稲富栄次郎が「子どもの発見」の言葉のもとに、ルソーの『エミール』を示して、日本におけるルソーの「子どもの発見」言説が誕生した。
一、 戦後、稲富と梅根は日本の教育学を担う存在になった。
一、 梅根悟編『近代の教育思想』(1961)においてルソーを近代教育思想の創始者とみなす見解をあらためて示し、その見出しを「子どもに発見」とした。
一、 梅根悟編『近代の教育思想』をもとに、桑原武夫『ルソー』(1962)と今野一雄訳『エミール』(1962)に「子どもの発見』が記され、まもなく「ルソーは『子どもの発見者』と呼ばれる」ことになった。
一、 1970年代、教育関係の様々な文献に「小さな大人」という言葉を使った解説のもとに「子どもの発見者」としてルソーが記され、ルソーの「子どもの発見」言説は日本の教育界の「常識」となった。
一、 1980年代にルソーの「子どもの発見」が教員採用試験の定番問題となった。
一、1990年頃、それまでの「戦後教育学」が「聖典」としてきたものを批判的に検証する「近代教育学批判」が興った。しかし、戦後日本の教育界の重鎮である稲富、梅根を批判的に検証することは控えられ、両氏の発するルソーの「子どもの発見」言説は、現在に残った。
戦後のルソーの「子どもの発見」言説は、1961年に周郷博が「人間として」、梅野悟が「人間的で」と言って発生したが、彼らの理解は正しかったのだろうか。ルソーは「子ども」の反対概念を「人間」とし、「子どもは人間ではない」としていたのである。
冨田晃『ルソーと人食い:近代の「虚構」を考える』(共和国,2024)
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784907986278