昨日の2月19日、新代田F E V E Rにて開催された鈴木実貴子ズ「いばら」リリースツアーの初日となる、竹原ピストルとの2マンを観に行った。
両者共に素晴らしかった。内容についてはいろんな方が記事にされているので、気になる方はそちらを参照していただければと思うが、ライブを観た後に、僕はいろんなことを思い出した。ここから僕個人の単なる思い出話。
僕は2001年から2005年まで、ほぼマンスリーで「WONDER MISSILE」というライブイベントを、最初は渋谷egg-siteで、2002年からは渋谷屋根裏で開催していた。
2001年、ライブハウスのeggmanは一時期egg-siteと名前を変えていた。すでに老舗の地位を確立していたeggmanではあったが、色々な経営判断があったのだろう、名称もブッキング内容も変えて心機一転しようというタイミングで、これもまた色々縁あって、「月1回くらいブッキングしてみないか」と僕にお声がかかったのだった。
さてどんなイベントをやろうかと考え、決めたコンセプトはシンプルで、「知名度はない」が「僕個人が面白いと思ったアーティスト」を、あまりジャンルにこだわらず、しかし一緒にやったら面白いことが起きそうな組み合わせでアーティストを集める、ということ。特に「知名度がない」ということが重要だった。知名度がないので集客にもお金にも苦労したけれど、そんな中から後に有名になっていくバンドも出てくるようになった。今でも名前が通るかもしれないアーティスト名を挙げると、10-FEET、凛として時雨、avengers in sci-fi、LOST IN TIME、藍坊主、School food punishmentなどに、彼らが駆け出しの頃に出演してもらっていた。
そして、そのイベントの初期のVol.3には、竹原ピストルと濱埜宏哉による「野狐禅」にも出てもらっている。
出演してもらった経緯は、当時egg-siteの店長だった塔筋さんが、僕のイベントの1,2回目を観て「北海道から出てきたばかりの面白いのがいるんだけど、なかなかどこにもはまらんし、出てきたばかりでまだ出られるところもあんまりなくて、手島くんのイベントはどうやろ?」と紹介してくれたのがきっかけだった。
で、まずオープニングアクト的に出てもらったわけだが、まあ、とにかくすごかった。「オープニングアクトの短めの時間にしておいて良かった」と正直思った。熱量が凄すぎて他のバンドの印象が吹き飛んでしまいそうだったからだ。ちなみにこの回には結成してすぐの LOST IN TIMEも出演している。
それからメジャーデビューする前に3回くらい出演してもらった。2002年に渋谷O-WESTで大きめのイベントを行なった時にも出演してもらった。
イベントをやっているといろんな出会いがあるが、この頃僕のイベントによく遊びにきてくれていたのが内藤重人君で、特に野狐禅にはかなり共鳴していたと思う。彼は次第にイベントに来るだけでなく、自分で「少年の叫び」というイベントを主催するようになった。そこに野狐禅は何度も出演していたと思う。さらに彼自身もアーティストとして活動するようになり、内藤重人というアーティストとして、そして「少年の叫び」というイベント主催者として今現在もライブハウスシーンで活躍している。僕は彼のことを「ライブハウスシーンに残された知る人ぞ知るレジェンド」の一人だと思っている。
そして、多分今から10年くらい前だったと思うが、その「少年の叫び」というイベントが新宿J A Mで行われた時、僕はそこで「鈴木実貴子ズ」を観ている。
1曲観て聴いていてすぐ「内藤くんが好きそうなアーティストだ」と思った。良いアーティストだと思った。そして「ガンガン石をぶつけてくるような音楽だ」と思った。これは僕にとってはすごく良い意味なんだけど、少なくとも当時ではまだ一般的なリスナーに受け入れられるかどうかは難しいだろうとも思った。でもそういうとき、同時に「でも最初は竹原ピストルも凛として時雨もそうだったんだよな」とも思った。
それから10年経って、鈴木実貴子ズを観た。良い意味で相変わらずなんだけど、石をぶつけてくるという感じではなくて、表現がとても大きくなった気がした。そんな鈴木実貴子さんと対談もさせてもらった。その時のカメラマンさんのkoudai uwaboさんは、なんとカメラマンになっていったきっかけが内藤重人君だったという。
そして、15歳になる僕の娘が鈴木実貴子ズのファンで、この日のライブを僕と一緒に観て感動している。
この20数年でつながっていった縁を、僕はこの日の2マンを観て思い出した。不思議な感じがする。少なくとも僕にとってライブハウスは大切な場所なんだ。